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いい天気ですね。じゃあ六甲山に行ってきます。+7
高座の滝の前を通り、ロックガーデンを乗り越えて、風吹岩を横目見てから、尾根沿いを歩いていたときのことだ。
前方から悲鳴が聞こえた。一人の女性が仰向けに倒れていて、もう一人の女性が助けようと手を取っていた。どちらも四十代くらい、とても驚いている様子だった。蛇でもいたのだろうか。僕はそんなことを考えながら近寄った。
獣が、倒れている女性のバックパックに噛み付いていた。イノシシだ。バックパックを引きずり、女性ごと藪の方に引っ張り込もうとしていた。藪は下り斜面だ。転げ落ちれば怪我をすることは間違いない。イノシシがそこに襲いかかってくればどうなるのかは、あまり想像したくない。
僕は全力で駆け寄り、右手のトレッキングポールでイノシシの頭を思い切り突いた。相手が人間なら、これで勝負ありだ。しかしイノシシはバックパックから口を離そうとはしなかった。女性はバックパックを外そうとしていたが、肩ベルトがうまく取れないようだった。
僕はあらん限りの声で怒鳴った。
「てめえふざけんじゃねえよ! 出てけ! 消えろ! 死ね!」
うん、「出てけ」と「死ね」は、おかしい。
僕は怒鳴りながら何度もイノシシをトレッキングポールで突いた。やがてイノシシはバックパックを諦めて、斜面を下りていった。
女性たちは走って逃げた。僕も同じように走って逃げた。風吹岩の前、何人かの人々が休んでいるところまで戻った。息を切らしながら後ろを振り返ると、さっきのイノシシが追いかけてきていた。僕はまたトレッキングポールを構えた。不思議なことに、あまり怖いとは思わなかった。
すると、僕の前におじさんが立ち塞がった。おじさんは、僕と同じようにトレッキングポールを構えると、地面をタンッと叩き、一喝した。
「ハッ!」
うん、本物は違うなあ。本物は違うわ。
イノシシは気圧されたらしく、また斜面を下りていった。おじさんは女性たちに「気迫で負けてるから襲われるんだよ」と呆れたように言った。
どうやら彼女たちが、バックパックに弁当の空箱が入ったビニール袋をぶら下げていたので、イノシシがその匂いに反応したらしかった。「イノシシの嫌いな匂いのするものを持つんだね」「何がありますか?」「それは自分で勉強しなさい」そう言っておじさんは笑った。
イノシシはしばらくあたりを走り回っていたが、熟練の登山者たちがトレッキングポールで見事にあしらっていた。女性たちは僕が助けたことを説明した。僕は、誰でもすることです、と言った。風吹岩の横には赤茶色の猫がいた。イノシシが走り込んでくると、ぴょんと跳ねて逃げた。
女性たちはすぐに下山すると言ったが、極度に混乱していることは明らかだった。僕は六甲最高峰を諦めることにした。
ロックガーデンで足を滑らせれば、人間は割と簡単に死ぬだろう。わざわざヘルメットを被って登山するひとだっている。怖いのはイノシシよりも二次災害だ。彼女たちは明らかに足が焦っていた。僕は何度も落ち着くように言った。世間話をして、緊張した空気を取り除いていった。彼女たちは六甲の山々の話をして、僕は高尾山や陣馬山の話をした。
やがて高座の滝まで戻った。彼女たちは僕にお礼を述べて、連絡先を教えてくれ、と言った。僕は一歩下がって両手を振った。そして、それよりも、今度山で困っているひとに会ったら、助けてあげてください、それだけで本当に十分です、と言った。ひとり足早に芦屋川の駅に向かった。お礼を言われるのは苦手なんだよ。
そして、川沿いの公園でおにぎりを食べているところを見付かってしまい、みかんを二ついただいた。名前を聞かれたので名乗った。なんだか、時代劇みたいだな、と思った。
今日も良い天気である。部屋を出たら、ベランダでグレイが寝ていたよ。慎ましい奴だなあ。
お昼頃に部屋を出て、下北沢で昼食を取る。電車で新宿へ。ついに登山用の靴を買ってしまった。THE NORTH FACE の Vindicator Mid GTX にしました。前から欲しかったんですよ、これ。ユニクロではセーターとナイロンのズボンを買った。クリスマスプレゼントというわけだ。+7
録音用の機材を買うつもりなのだけど、マイクを買ってオーディオインターフェースに繋げるか、リニア PCM レコーダーを買うかで悩んでいる。門外漢なのでね、判断材料が少なくて困るよ。
デジカメを買った。フランスとベルギーに行った。時計を交換した。高尾山に行った。奥多摩に行った。クマとヴァイスに首輪を買った。高尾山に行った。「蛇の旅」を弾いた。フランス語を始めた。ガスコンロを買った。胃が痛くなった。千倉に行った。キッチンワゴンを買った。カップボードを買った。帰省した。テレビを買った。革靴を買った。陣馬山から高尾山まで縦走した。鎌倉に行った。アヒルが死んだ。コーヒーメーカをいただいた。アヒルが来た。奥多摩に行った。筑波山に行った。茅ヶ崎から二宮まで歩いた。キャリーケースを買った。トルコとギリシャに行った。高尾山に行った。陣馬山に行った。西へ行った。生藤山と陣馬山に行った。高尾山に行った。花火大会に行った。デスクマットを買った。スピーカを買った。ATOK を買った。腰痛になった。高尾山に行った。洗濯機のホースを買った。四国へ行った。高尾山に行った。クマを病院に連れていった。トレッキングポールを買った。陣馬山に行った。クマに首輪を買った。高尾山に行った。高尾山に行った。ビジネスバッグを買った。高尾山に行った。足を挫いた。スーツを買った。高尾山に行った。結婚式に出た。コードレスマウスを買った。大阪に住んだ。名刺入れをいただいた。胃が楽になった。キーケースをいただいた。登山靴を買った。
楽しかったこともつらかったことも、色々あった。来年は、もっと楽しくて、あまりつらくない一年にしよう。大丈夫、やればできるよ。
それぞれベストスリーを淡々と発表するよ。
小説。
1 三島由紀夫「金閣寺」
2 カート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス 5 」
3 筒井康隆「最後の喫煙者 自選ドタバタ傑作集 1 」
漫画。
1 荒木飛呂彦「スティール・ボール・ラン」
2 福満しげゆき「僕の小規模な失敗」
3 施川ユウキ「え!? 絵が下手なのに漫画家に?」
映画。
1 「いのちの食べかた」 "OUR DAILY BREAD"
2 「愛おしき隣人」 "Du levande"
3 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」
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