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- 06/07/02 -

 お前の注文には無理がある

 今にして思えば「注文の多い料理店」を書いたときの宮沢賢治は紛れもなく天才でした。

 それはだいぶの山奥でした。案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
 それに、あんまり山が物凄いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらく吠って、それから泡を吐いて死んでしまいました。

 要約します。

山が物凄かったから、犬が泡を吐いて死んだ。

 深堀骨もびっくりの超論理ですね。

- 06/07/03 -

 トリプルハッピー殺人事件

 最近は、できちゃった結婚ではなく、ダブルハッピーという言い方をするらしい。なかなかハイレベルな日本語である。欺瞞に思えなくもないけれど、欺瞞には欺瞞の良さがあるだろう。ハッピーで何が悪い、という話である。
 まあそれはいい。それはいいんだけど、その、ダブルハッピーなんて言われたら、いや、こういう問題を思い付かない方が、どうかしてる、わけじゃないですか。

トリプルハッピーとは、結婚、妊娠、( ) のことである。

 文中の ( ) に当てはまるものは何だろうか。

万馬券

 結婚したら止めるって言ったくせに。

袖の下

 越後屋、そちも悪よのう。

保険金

 キートンさん、出番です。

- 06/07/09 -

 遅刻の言い訳を考えよう

「ごめん、夢の中で漫画に挟まってる新刊案内が邪魔だったからゴミ箱を探してたら遅くなった」
「俺は広告の紙切れ一枚以下か! しかも夢の中だし!」

- 06/07/12 -

[ Introduction ] まいななはじめて物語 0/7

「自分語りが七つの大罪の八番目であることは言うに及びませんが、しかし罪の欠片もない人生なんて黒い種のないスイカくらい味気ないものに違いないのです。星新一の小説には『罪を犯したことのない男がそのために罪を犯す』という短編がありました。そしてかつて星新一が選者を務めた『ショートショートの広場』には『罪を犯したことのない男がそのために採用試験で不合格になる』という短編がありました。あれってパクリじゃないんですかね。ていうか、どう考えても星新一の方が発想が一枚も二枚も上なんですけど。まあいいや。とにかく、自分語りという罪を犯さないことにはアルセーヌ・ルパンどころか ICPO の銭形警部にもなれないのです。多分。
 かといって、ここで自分の考え方や立ち位置あるいは雑文を書く上でのモットーやポリシーといったものを安易に披露しては、興醒めもいいところでしょう。そういうことは背中とか行間とかで語るものであって、むやみやたらとキーボードで入力して html ファイルに書き込むものではありません。『僕は生まれてから一度も、雑文でも日記でもメールでも手書きでも、鍵括弧、笑、鍵括弧閉じ、を使ったことがないんですよ』なんて独白、誰も読みたくないでしょう。ここで慌てて秘技オーロラ・エクスキューズを使いますが、世の中には十分読むに値する自分語りもありますし、表現の思想や哲学の説明が魅力的な場合ももちろんあります。しかし誰もがそのようなことに熱意を向けるわけではありません。そうですね、あれだ、オレ無罪メソッドは使わないことにしているんです。はい、過去ログ宣伝しました。その、連続殺人犯なら連続殺人だけですべてを表現しろよ、ていう。まあそういうわけでベラベラ自分語りをするのも気が引けるわけですよ。ですよ、て。ていうか、もうかなり自分を語った気もしますね。台無し。
 折衷案を採りましょう。このまいななを書くにあたって、自分が影響を受けたであろうウェブサイトを七回に渡って紹介していくことにします。こうすれば自分の手をそこまで汚すことなく罪を犯すことができます。題して、まいななはじめて物語。クルクルバビンチョパペッピポヒヤヒヤアバッキオのムーディーブルース。拍手」
 とモグタンは言った。ここまで来て責任転嫁かよ。続く。

- 06/07/13 -

[ Introduction ] まいななはじめて物語 1/7

「というわけで、自分の雑文に影響を与えたであろうサイトを大々的に紹介して礼賛するという嫌がらせ企画第一弾です。第一の嫌がらせはリンクを張る、第二の嫌がらせは美辞麗句、第三の嫌がらせはメール送信。基本トリプルヒットですね。別名ガイル三段です。怖い怖い。いや、流石にそこまではやりませんよ。誰だって殺されるのは嫌ですから。死にたくないなら他人の恨みを買わなければ良いのです。吉良吉影は静かに暮らしたいのです。
 そうそう、新井理恵の漫画に『私の弟って凄くカッコイイ、というかキレイなんだよね、で、私と弟はそっくりだってよく言われるんだけど、姉弟でそういうのってなんか嫌じゃん』というネタがありましたね。自分がいかに美しいかを嫌々っぽく婉曲に喧伝する、という。発想の基本はアレです。

KM

 淡々とした文体で敢えて間違えた視点から物事にツッコミを入れています。武器で言えば狙撃ライフル。友人に紹介されて知ったサイトなのですが、初めて読んだのは『果物よ響け』でしたね。エッセイとミニエッセイとスーパーショートが中心で、特にミニエッセイに鋭く光るものがあります。もう六年も更新されていないところがわびさびですね。わびさびです。
 一例として、次の文章を取り上げましょう。ミニエッセイの『もったいないオバケ』より。

 「どっちの料理ショー」という番組の話は以前にしたと思う。もう一度番組内容を簡単に説明しておくと――二つのメニューが用意され、ゲストにどっちを食べたいかを決めてもらう。そして多数決で多い方のメニューを選んだ人のみが食べられる――という編成。
 このどっちのメニューにするかの決断に、番組の90%以上の時間(45分くらい)を費やすことになる。優柔不断もいいところだ。食べ物屋に行って、45分間もメニューを眺めていたら店員さんはいい顔をしないだろう。

 この『どっちの料理ショー -> 45分間も注文で悩み続ける -> お前は食べ物屋で店員を困らせる優柔不断な奴か!』という無理矢理な流れが実に素晴らしいですね。なんというか、ツッコミのあまりの大人気なさというか、ひねくれた中学生のような発想というか、そういうところがたまりません。歳を取ったら息子の嫁に嫌われるタイプですね。
 こういうネタも好きです。ミニエッセイの『腕時計型腕』より。

 何かの映画かTVドラマかで、中学校くらいの教室のシーン。先生が
「ここ試験に出るよ」
 と言うと、生徒が全員声をそろえて、
「えー!」
 ――どうしてこういう反応になるのか、少し疑問だ。試験に出るという有益な情報を与えてくれているんだから、ブーイングはないだろう。嫌いな教科で、
「ここ試験に出さないよ」
 と言われたら、試験に出ないようなことを、授業中に理解しようと頑張ってたのが反映されないから、ブーイング……で、まだわかるのだが。
「私、試験にでるよ」
 と言われたら、どう反応していいか困る以上に、どんな試験なのか非常に興味深いところだ。

 お分かりのように、途中までは誰にでも思い付くようなネタです。こういうことを言い出すクラスメートの一人や二人、どこの学校にも必ずいたことでしょう。問題はオチです。そう来るか、と誰もが意表を突かれること間違いなし。ここがスナイパーっぽいというか、狙い澄ましたタイプの馬鹿っぽくてとても好感が持てますね。基本的にエッセイを書く人間なんて全員馬鹿だと思います。あれ、気が付けば全然褒めていませんね。不思議だ。ええと、大好きです。終わり」
 とザンギエフは言った。続く。

- 06/07/14 -

[ Introduction ] まいななはじめて物語 2/7

「自分の雑文に影響を与えたであろうサイトを大々的に紹介して礼賛するという嫌がらせ企画第二弾です。それにしてもこんな文章を一体どこの誰が読みたがるんでしょうね。頭の悪い雑文ならまだしも、それに影響を与えたものだなんて。読んで下さっている方々も、本当はみんな渋々読んでいるに違いないんですよ。ほんと済みません。あの、ほんと済みません。いや、でもまあ、そう考えると逆にワクワクしてきますね。普段以上の労力と時間と情熱を費やして構築される無駄な文字列。自分の人間性の低さがどんどん白日の下に晒されるだけの自虐損害エベレスト。思えば思うほど胸が高鳴りますね。地面に穴を掘って穴を埋めてまた穴を掘るくらい楽しいです。罪って素晴らしい。ああ、この企画を始めて本当に良かった。万歳。うわあ。

変ドラページ「なんだこりゃ?」

 藤子・F・不二雄大先生を愛し過ぎたが故に常軌を逸してしまったサイト。漫画のギャグを拡大解釈して、針小棒大というか牽強付会というか、とにかく本来の面白さ以上の面白さをその場ででっち上げる、という高等テクニックが使用されています。どことなくマッドアナウンサー的な匂いも感じられますね。ボケにはツッコミが必要であるように、よく出来たギャグ漫画にはマッドアナウンサーが必要なのです。多分。ああ、マッドアナウンサーを御存知でない方は広辞苑を引いて下さい。もちろん載っていません。そんなに悔しいなら極細ボールペンで書き込めばいいのに。
 たとえば、こういうことです。『変ドラ第九回「世の中うそだらけ」』より引用しますが、『ドラえもん』でジャイアンが次のような発言をします。誰もが知っている名言です。

おもてのもようがうらにうらのがおもてについてるめずらしい五十円だ。

 この美味しすぎるボケに、盛大なツッコミが入るわけです。是非、古舘風に読み上げて頂きたい。

もう詭弁ですらない。事実そのものだ。この言い回しこそ詭弁中の詭弁。この為にこの話は存在しているといっても言い過ぎではない(はず)。アリストテレスやソクラテスなども裸足で逃げ出す超事実。ジャイアンはコレのみで詭弁論の歴史に名を残すに値する男なのだ。ツチノコなど、どうでもよい!

 当意即妙。これをマッドアナウンサーと言わずして何でしょう。
 この方のこうした才能が最も象徴的に開花したのは『変ドラ第八回「ラジコン大海戦」』でしょうか。ハイライトのみを抜き出しますが、スネ吉が次のような演説をします。

広角レンズは、広さや奥行きを大げさにうつしてくれる。それはいいんだが、困ったことに……、カメラをうんと近づけなくちゃならない。その分、ピントから外れる部分が多くなるんだ。だから、シボリをできるだけしぼりこむ。そのためには、ライトを強く、スローシャッターで……。

 これに対するドラえもんのツッコミは一言『ファ〜……』のみ。甘い甘い甘すぎる。

うおおおおお。ここでスネ吉が言っている作業は専門的には「パンフォーカス」と言って、カメラの被写界深度を深くすることによって、被写体の背景にまでピントを合わせる技術のことです。そうすることによって、人間の目が対象物を小さいモノだと感ずる感覚を誤魔化し、巨大なモノを撮影していると錯覚させる技術。しかし、その被写界深度というのがやっかいで、シボリを絞り込まないと深くならない(シボリを絞るとどうしてピントが合うのかというと、試しに親指で小さな、ごく小さな穴を作ってそこからモノを覗いてみると分かるが、通常ぼやけてしまうような距離のモノがはっきりくっきりと見える。いわゆる近視というのはこの絞りを司る眼輪筋が眼球を絞り込めなくなる事で生じる)。だが、人間の眼と違ってカメラの絞りを絞り込むとその分光が足りなくて写真が暗くなる。それをライトの光を強めることで補い。なおかつフィルムを長く露光させなければ写らない。なので、シャッター速度(バシャっと言うアレ)を落として、殆ど開放に近い状態で延々と写す必要がある。ジオラマなどのスチルならばそれでも一枚撮れば済む話だが、コレが映画などの活動写真になると話はもっと複雑で、もはや伝説とも言える「2001年宇宙の旅」における宇宙空間の撮影方法は……

 熱い熱い熱すぎる。名解説です。なんというか、油田の火災をニトログリセリンで消すような大技ですよ。いやあ、素晴らしい。藤子・F・不二雄大先生、ありがとう。古舘伊知郎さん、ありがとう。みんなみんな、ありがとう。
 他にも『変ドラ第七回スペシャル「合体バラバラの世界〜分かいドライバーの章」』や『変ドラ第11回「ターザンパンツVSターザンパンツ」』や『透明ドラキュラ』あたり、解説の妙味が味わえてもうお腹いっぱいです。御馳走様です。何よりも、いい歳した大人がギャグ漫画に向かって真剣にツッコミを入れている姿が実に感動的ですね。ほんと馬鹿じゃないの。ええと、大好きです。終わり」
 とジャイ子は言った。続く。

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