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- 06/06/10 -

 雨の日の地下道 4/5

 とっさに下を覗き込む。誰もいない。カッカッカッ。誰もいないのに足音が聞こえる。誰かが階段を駆け登っている。カッカッカッ。近付いてくる。迫ってくる。カッカッカッ。走り出そうにも足が震えて動かなかった。身体が手すりから滑り落ちて尻餅をついた。カッカッカッ。目を閉じて耳を塞いだ。それでも足音はするりと頭蓋の中に忍び込んできた。カッカッカッ。わけの分からぬことを喚いた。涎が滴り落ちた。あ。三歩。カッ。ああ。二歩。カッ。あああ。一歩。カッ。ああああ。
 グシャッ、という轟音がありとあらゆる位置から鳴り響いた。

 跫音が僕を通過していった。僕は踏み潰されて砂になった。砂漠を強い風が吹き抜けていった。そうして粒は世界中に飛び散っていった。僕はもう二度と自分自身に会えないという絶望を知った。

 意識を取り戻すまでどれくらいの時間がかかったのか、はっきりとしたことは何も言えない。気が付いたときには僕はやはり地下道の階段にいた。地上には夜の灯りと車の音が充満しているのが分かった。手足に力が入るようになるまで、たっぷり十五分はかかったと思う。喉が渇き切っていた。小指の先まで神経が擦り切れていた。心の底から暖かい布団の中で眠りたかった。
 僕は這うようにして階段を登った。一段一段がロッククライマーを苦しめる鋼鉄の崖を思わせた。自分の内側と外側から呪いの言葉が聞こえてきた。僕は無念無想で動き続けた。階段が終わったときには涙が出てきた。雨は止んでいた。僕は地面に腰を下ろして、ゆっくり深呼吸をした。終わった。これで終わったんだ。そう思った。そして、それが間違いであることに気が付いた。

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