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- 06/06/11 -

 雨の日の地下道 5/5

 その間違いに気が付いたのは、その翌日の夜のことだ。僕は地下鉄の座席に座っていた。その日は朝から晩までずっと忙しく、あちこち駆け回らせられていて、僕はやっと家に帰って休めるという安堵に包まれていた。今日こそテレビを見てシャワーを浴びてビールを飲んで寝よう。嫌なことを何もかも忘れて、自分だけの大切な時間を過ごそう。そんな風に考えていた。
 昨日は結局、夜が明けるまで歩道に座り込んでいた。まともに立ち上がれるようになるのを待ってから、タクシーを捕まえて一旦部屋に引き返し、二時間ほど玄関で寝てからまた外に飛び出した。お陰で全身が疲労していた。精神が摩耗していた。それでも自分は自分のすべきことをしなければならない。どんな奇妙な出来事だって仕事の言い訳にはならない。結局のところ、生きるというのは、そういうことなのだ。
 僕は目を閉じて指を組み合わせ、下を向いて、もう半分くらい眠っていた。電車が心地良く揺れている。サラリーマンの集団が冗談を言い合っている。空き缶が転がっていく音が聞こえる。電車がスピードを落とす。聞き慣れた車内アナウンスが流れる。電車が止まって、駅名が呼び上げられる。お疲れ様です。サラリーマン達がお互いに挨拶する。誰かが駆け込み乗車をする。扉が閉まる。大きく息を吐く。僕の隣に座る。あ、済みません。僕は薄目を開けてそちらを見た。
 そこには誰もいなかった。

 あああああ。

 電車はスピードを落として止まろうとしていた。サラリーマン達が笑っているのが見えた。悪魔は実に愉快そうに僕の耳を齧っていた。

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