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- 08/07/20 -
■ 夏の夜は小猫を思え
「夏だねえ。じゃあ気味の悪い話でもしようか。」
「ある女の子のパソコンに、文字化けメールが届く。何が書いてあるのか、さっぱり分からない。ただ、添付ファイルだけはそのまま見ることができて、そのファイルは、とてもかわいい小猫の写真なんだ。アドレスを見ると love_love_kitten@******.**.**. とある。きっと誰かが友達に送るつもりで、メアドを間違えてしまったんだろう、と彼女は思う。自分の中の親切心を手繰り寄せて、メアド間違ってますよ、と返信しようかとも思ったけど、やめておいた。もしかしたら、新手のスパムかも知れない。」
「それから、毎日、彼女のところにメールが届く。そこには必ずあの小猫の写真が添付されている。そのあまりのかわいさに女の子は魅了される。とてもかわいいんだ。淡い茶色の縞模様で、お腹には白い毛が浮かんでいる。ピンと尖った二つの耳は、その小さな顔に不釣合いなくらい大きい。ある日は小さな毬を追いかけ回し、ある日は気持ち良さそうに眠っている。たぶん、室内で撮られた写真のように思えるのだけど、よく分からない。でもそんなことはどうでもいい。小猫はとても愛らしい目で、カメラの向こう、ディスプレイの向こうにいる、彼女のことを覗き込んでいる。そのあまりのかわいさに彼女は悶絶する。彼女は小猫のことを知りたいと思う。」
「そんな日々が、六日続く。七日目の朝、彼女は勇気を出して、メールに返信することに決める。ただ、そこには謎がある。
第一に、どうして差出人は、返信もしない彼女のところに、毎日メールを出すのか。
第二に、メールには一体何が書かれているのか。
第三に、こちらから出すメールもまた、文字化けをしているのではないか。
英語で文面を作るという方法や、URL を送るという方法もあるけれど、彼女はめんどくさいことが嫌いだ。そこで彼女は、ごく親しくて、コンピュータに詳しい友達に、これまでのメールを転送する。文字化けメールを解読して、というわけだ。」
「すぐに友達から返事があった。とても短いメッセージだった。」
『このメアド、いますぐ、受信拒否にしろ!』
「彼女は悩む。物凄く悩む。そして、結果として、彼女はそのメアドを受信拒否設定にしてしまう。もうメールは届かない。だから、この話はこれでおしまい。友達は、文字化けメールに何が書いてあったのかを決して話さなかった。数ヶ月が経って、彼女はメアドを変え、パソコンも変えたので、もう二度とあの小猫の写真を見ることはなかった。終わり。」
「え? そんなオチには納得できない? はは、そう言うなよ。こういう話なんだからさ。え? なに? ん?」
「ふうん…。知りたいんだ。」
「本当に、知りたいんだね?」
「でもまあ、繰り返すけれど、この話はこれでおしまいなんだ。だから、この話のどこにナイフを突き刺したとしても、一滴の血も出てくることはない。この話は、もう枯れてしまった草なんだ。だから、どうしてもこの話の続きを知りたいなら、君は、新鮮な果物にナイフを突き刺す必要がある。もしかしたら、そうすることで流れ出すのは、君自身の血かも知れない。覚悟が必要だ。僕の言いたいこと、分かるね? え? 分からない? 全く、仕方ないなあ。」
「でもね、心配は要らない。すぐ分かるさ。」
「ところでさ、君のパソコン、メールが来てるみたいだよ。見なくていいの?」