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- 06/08/26 -

[ Introduction ] まいななはじめて物語 3/7

「自分の雑文に影響を与えたであろうサイトを大々的に紹介して礼賛するという嫌がらせ企画第三弾です。別に大々的に紹介しているわけでも礼賛しているわけでもない、というのは企画を始める前から分かり切っていたことなので、ここは白を切り通すことに致します素知らぬ顔で堂々と。どうでもいいんですが『白を切る』の『しら』は『知らぬ』から来ているらしいのに、どうして『知らを切る』じゃないんでしょうね。どうだっていいよ馬鹿。さっきから白を切る白を切るうるさいよ。全然切れてないよ。

それだけは聞かんとってくれ

 安定した筆力で 365 を超えるエッセイを残したサイトです。宮沢章夫や土屋賢二を思わせる文体で、夏目漱石とビートルズと丸谷才一が大好き。すべて三回以上は読みました。つまり延べ 1000 は軽く読んだことになりますね。うわあ気持ち悪いよこのひと暇人過ぎるよこのひと。まあここまで読めば影響を受けたと言い張ることも可能でしょう。尚、言い張るために読んだわけではありません。それは宗教の手口です。
 それでは引用させて頂きます。まずは『会話の糸口』から。

 ファミリーレストランに行ったとする。ご存じのようにファミリーレストランというところは年がら年中「何々料理フェア」てなことをやっている。譬えばたまたま今年がチリとの国交樹立百年だとかで「チリ料理フェア」というのをやっていたとしよう。侮ってはいけない。ファミリーレストランというものは、そういう誰も知らないようなことまで採用しては商魂たくましくフェアをおっぱじめるものなのである。さて、たまたまあなたの訪れたファミリーレストランにフェアの一環でチリからやってきたチリ人シェフのホルヘさんがおり、チリ料理を頼んだあなたに挨拶しにきたとしよう。そんなことがあるか、などといってはいけない。何しろ敵はファミリーレストランなのだ。ありえぬ話ではない。とにかく、あなたは今チリ人と対峙している。
 さあ。何か話さなければならない。会話の糸口を見つけなければならぬのだ。あなたは焦る。アドレナリンが噴出する。ドーパミンが、どぱーと出る。あなたの頭脳はめまぐるしく働き、チリについての情報を検索する。しかしあなたは自分でも驚くほどチリについて知るところがない。

 なかなかいいお題が出てきました。さて、これをどう解くか。皆さん、どうぞお考え下さい。お、早いですね、では木久蔵さん!

 焦っている間にも、着実に時間は流れる。あまりに長い沈黙は敵意と解釈されかねない。気負うことはない。軽い糸口でいいのだよ。さあ。チリのことに触れるのだ。とうとうあなたはかろうじて口を開く。

「チリって、……細長いッスよね」

 哀号。なんと情けないことか。なんと嘆かわしいことか。
 あなたがチリについて知っていることは「細長い」だけなのか。細長い。あなたはチリを秋刀魚同然、細長いという認識だけで捕捉しているのか。いや、秋刀魚ならまだしも「目黒産に限る」などということも知っていよう。しかし、チリについては「細長い」だけなのである。
 チリは竹ひごか。

 素晴らしい。もちろん『細長い』までは誰にでも思い付くわけですが、そこで大跳躍して『竹ひごか』に着地できる人間は極々稀であるわけですよ。他人に言えないことが言えるか、他人に書けないことが書けるか、それこそが表現者の優劣を評価するのに有効な数少ない物差しのひとつであり、歴史に名を残した偉人は他人にできないことを為し得たからこそ偉人であるわけです。地球上の誰に『バブリング創世記』が思い付きますか。
 こういう具合に、心底下らないエッセイが嫌というほど続きます。保険の人で名高い『ザ・心理ゲーム』や『ばっかり』を読んだ者は誰でも頭蓋骨が陥没するくらい脱力してしまうことでしょう。しかし、何事にも例外というものがあるわけで、まあ言ってみれば、これはどこの青春小説だ、みたいな話もあるわけですよ。

「夏になるとボウフラが湧くから厭ねえ」
 というのが薄田さんの発言である。「ボウフラって結局あれは何なの」
「何って、そりゃ、蚊の幼虫でしょ」
「ええっ」
 驚いている。「そうだったの。……じゃあ、蚊って自然発生だったのかあ」
 こういう会話を交わすに至って彼女がアリストテレスな人であることが判明したのであった。

 あ、ごめん、間違えた、これじゃなかった。これは『アリストテレスな人』だった。ごめんなさい。ほんとは『蓮華』でした。ほんと済みません。なんで間違えたんだろ。

 初めて彼女のうちへ行ったのは夏休みだったと思います。裕美はケーキを焼いてくれましたが、僕はそういったあれには全然詳しくありませんから、カステラのように見えるそれを指さして、
「これ、何ていうケーキ」
「パウンド・ケーキ」
「ふうん」
 僕は、ふうん、の後すかさず「あっ」と叫びました。
「どうしたの」
「じゃ、丸いのはラウンド・ケーキなんだな。なるほど、そういう仕組みか」
 裕美はそれを聞くと「その洒落、つまんない」
 本当につまらなさそうな表情でした。

 ぞくぞくしますね。

「あのね。ケーキの中に棲んでいる虫を知ってる」
「なんだい、それ」
 時々裕美は冗談なのか何なのか判らない不思議なことを言い出すことがありました。
「ケーキの中にはね、虫が棲んでいるのよ。全部のケーキじゃないんだけれど、何十個か何百個かの中には確実にいるのね。でねえ、その虫は人間に食べられるのをじいっと待っているの。その虫を食べた人は、不幸になるの。とっても不幸になるの」
 僕は目の前の皿を見つめながら訊きました。
「このケーキはどうなんだろう」
 すると、裕美はくすくすと笑って、
「それはわたしにも判んない」
 やっぱり、何だかつまんないなあ、の顔のまま、でも声だけは、くすくすと笑ってそう答えました。
 僕は大袈裟に深々と頷いて、
「ううん。それは危険だ。危険だからあまねくすべてのケーキの生産を中止すべきだ。世の中からケーキをなくしてしまえ。何、構やしない。ケーキがなければパンを食べればいいじゃないの。でも」
 そこまで一気呵成にまくしたててから、
「むしパンだけは止したほうがいいな」
「それ、最高につまんないよ」
 裕美はほんとうにつまらなさそうな顔のまま、それでもクククッと笑いました。

 ぞくぞくします。『蓮華』の最後の一文にはかなり痺れてしまいましたので、皆様、是非とも御自分の目で確認して頂きたい。なんていうか、ずるいですよね。卑怯ですよ。川原泉の『銀のロマンティック…わはは』くらい卑怯だ。ああもう。馬鹿。ええと、大好きです。終わり」
 と歌丸さんは言った。続く。

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