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- 06/06/07 -

 雨の日の地下道 1/5

 これは雨の日のことで、これは地下道のことで、これは実際に僕の身に起きた出来事だ。

 その夜、珍しく僕は湿った薄暗い地下道を歩いていた。大通りの向かい側に渡るためだ。壁は汚れていて落書きが多く、電灯は切れ掛かっているものが目立つ。あまり広くない歩道の両側を濁った水が流れていて、足元には剥がれ落ちた劇団のポスターが転がっていた。頭上からは車が通り過ぎる低い音が途切れることなく続いている。天井の隅では白っぽい蛾が蜘蛛の巣に引っ掛かって暴れていた。
 あまり気持ちのいい場所ではなかったけど、あいにく僕は傘を持ち合わせていなかったので、ちょっとした雨宿りの意味も兼ねて、地下道をのんびり歩いていた。別に急ぐわけでもない。ゆっくり帰れば良かった。多分、雨はそのうち止むだろう。地下道を歩くなり本屋に寄るなり喫茶店で休むなりして、適当に時間を潰せば無事に帰れる。そうしたらテレビを見てシャワーを浴びてビールを飲んで寝よう。ああそうだ、メールを書かないといけないんだった。そんな風に考えていた。
 そのときだ。後ろの方から足音が聞こえてきた。カッカッカッ。階段を降りてくる、足早な高い音。ヒールのある靴の音だ。僕は気にせずに歩き続けた。足音はどんどん降りて近付いてくる。カッカッカッ。急いでいるのか、やや性急な歩調だ。こんな雨の日なのに、危ないな。足音はもう少しで階段を終えようとしていた。カッカッカッ。そのとき突然、ガチャン、という大きな音が地下道に響いた。ああ、やっぱり、滑って転んだか。僕は振り返った。頭上から流れる低い音は途切れることなく続いていた。表情は殺しておいた。
 そこには誰もいなかった。

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